片翼とシャングリラ

18話『嵐を紡ぐ』

「私にあなたを『殺せ』って言うの?」「……違う、停止しろと命令してほしいだけだ」「同じことでしょ」鼻の奥がツンと痛む。やっと目が覚めた彼と話をすることが出来たと思えば、停止を命じてほしいと迫られるとは夢にも思っていなかった。怒りと悲しみが綯…

17話『魔女と獣』

酷いことを言っている自覚はあった。ミアとて感情は持ち合わせている。他人と比較すれば、それは随分と希薄だったが、これでも一応は『人間』である。相手が傷付くと分かっていて平気で言葉のナイフを放てるほど、ミアも冷血漢ではなかった。(ごめん、ごめん…

16話『ウィスタリア』

――星が舞う。霊峰キリに降る雪は、古くから華月の魔力を帯びていることもあって『星』に例えられることがあった。『月の化身』の異名を持つ華月の影響を色濃く宿したその呼び名を、今まさにシュラは実感していた。柔らかな新雪が、吹き荒む風によって舞い上…

15話『翼なきもの』

「先代世界樹の活動を完全に停止しない限り、上書きは難しいかと」「どういうこと? 世界樹の代替わりは済んでいるはずよ」「ええ。ですが、完全に枯れたわけではありません。世界樹としての権能はエルヴィ様に受け継がれましたが、生命体としての活動は続い…

14話『かわたれどき』

「――失礼。人が訪れたのは随分と久しぶりだったもので、解除に手間取ってしまいました」突如、頭の上に降り注いだ言葉の雨に、ミアは目を白黒させた。先ほどまですぐ傍に居たはずのナハトの姿が見えないことに、半分安堵している自分と、不安を抱く自分とが…

13話『守護石』

《落陽の洞窟》深部で作業を進めること、約半日。滞在期間は移動日数を差し引いて二日しか申請できなかったこともあり、一同は休む間も惜しいと言わんばかりに夢中で発掘作業に取り掛かっていた。「これだけ回収したら、どれか一つは当たりが入ってるでしょ」…

12話『誓いを桜に』

部屋の中に入ると、二つの桜が桔梗を出迎えた。黄金色の双眸が、心配そうな光を宿して、桔梗に視線を寄越す。「第四小隊の隊員が治療をしてくれたから、大丈夫よ。それに貴女たち龍は人よりも頑丈でしょう?」「そ、それは、そうですけど……」「桜花」桔梗の…

11話『瞳の奥』

「ミア」夕闇の隙間を縫うように覗いた二つのラベンダーが、ミアを射抜く。数日ぶりに聞いたナハトの声が、耳にじんと熱を灯した。「……起きるのが遅いよ」「回路がズタズタになっていたんだぞ。無茶を言うな」「じゃあ、どうして、」ナハトの言う通り、彼の…

10話『夕日はまた上る』

琥珀色の液体に沈んだナハトの姿を、ミアはじっと凝視した。「ナハトくん、」返事はない。彼の低い声は気付かない内に、随分と研究棟に馴染んでいたらしい。常は喧騒に溢れている部屋の中が、しんと静まり返っていた。「この部屋って、こんなに広かったんだ……

9話『龍の子』

一瞬でも目を離したのがいけなかった。リオラの魔力で顕現していた炎月が姿を消す。それに気取られていた僅かな間に、リヒトはシィナとの距離を詰めていた。「返してもらうぞ」「何のことよ!」「アウロラ様は、我らが主人だ」「!?」そう言って伸ばされた手…

8話『外方』

それから、約束の一時間に少し余裕を残して、アメリアはナハトを組み立て直した。そして、強い光を宿した瞳で娘を射抜く。「機体と同じで二代前の世界樹の魔力が術式に組み込まれていた可能性があるわね」「やっぱり、」「ええ。もう一つの機体も詳しく調べて…

7話『世界樹と獣』

これでもないし、それでもない。研究棟へ持ち帰った遺物を取っ替え引っ替え掘り出しては投げるを、一心不乱に繰り返すミアの様子に、シュラたち、そして姉の叫び声を聞いて駆けつけたクオンが、怖いものでも見たようにそれぞれが顔を見合わせた。「ええ……何…