――私立カモミール学園。
幼稚部から大学までを一貫で通える数少ない学園の一つとして知られている。
部活動も盛んでスポーツ系からスカウトされる生徒も少なくない。
そして昨年活動を開始した部活動を生徒たちは親しみを込めてこう呼んだ。
『郵便部』
正式名称は「古文愛好会」。古い書物を読んだり、管理したりする部活動だが、それは借りの姿。実際はラブレターやら委員会等の手紙を届けることをメインとする部活動である。
だが、この学園でのそれは自殺行為であった。
昨年、転任してきた校長が独断で校則の一つに「恋愛禁止」を加えたのだ。
その一、中等部三年以上の学生は異性との接触を禁ずる
その二、会話は必要最低限のみ
その三、異性の寮に入ることなかれ
これに生徒が不満を抱かぬ訳がなく、一時期授業のボイコットが起こったりもした。
ボイコットに対し校長は、格闘のプロを雇い生徒達を黙らせる暴挙を取った。ここまですれば流石にニュースになるだろうかと思われたが、自身の兄が所属する警察庁に頼み込み、事を隠し通してみせたのだ。
そこでそんな生徒達の不満を解決するべく数名の生徒が立ち上がり、郵便部が発足したのである。
武芸の達人で構成された郵便部の部員に、今年期待の新人が二人入部した。
高等部一年 常陸 紗七
同じく一年 柚月
二人共、実家が「ヤ」のつく稼業であるので、小さい頃から剣道と合気道を心得ている。それに目を付けたのが郵便部部長で紗七の従兄で、婚約者でもある常陸理世だった。
柚月は紗七と仲が良かったのがきっかけで、入部することになったのだ。
「改めて! 二人共、よろしくね!」
理世が満面の笑みで紗七と柚月の二人を部室に迎え入れた。
その背後では部員達が歓迎の眼差しを二人に向けている。
「はい、自己紹介ターイム!!」
普段の彼からは考えられないほどの陽気な声とテンションに若干引きながらも部員の一人、強面の男子生徒が立ち上がった。
「……大学部一年シアン・ウェルテクスだ」
「同じく大学部一年、部長の常陸理世です」
にこにこ、と紗七の手を握りながら言う理世に、紗七は苦笑いした。
「知ってるよ」
「へへへ」
――デレデレだ。
その場に居た誰もがそう思ったが、皆言った後の惨劇が恐ろしいので喉まで出た言葉を飲み込んだ。
そして理世と目が合った女子生徒が立ち上がった。
「高等部二年、東桔梗です。女子部員は私だけだったから嬉しいわ」
ふふふ、と桔梗が二人の後輩を見て微笑む。
そして最後に立ったのは猫耳のフードを被った男子生徒だ。
「同じく高等部二年、夜雨で~す。しくよろ☆」
何となく場を和ませようとしたのか、それとも純粋にチャライだけなのか(ノリが一昔前過ぎるが)夜雨がウインクして、にゃははと笑った。
「……チャラ」
柚月が夜雨を睨みながら言うと彼は目を細めて見せた。
「ありゃ、チャライのお嫌い?」
ぐっ、とみんなが見ているにも関わらず柚月の顎に手を添えて自分の瞳を見るようにさせる。
夜雨と目が合うと柚月は彼に回し蹴りを放った。
その顔が赤面していて夜雨は楽しそうに柚月の蹴りを避けた。
蹴りを避けたは良いものの後ろからの手刀は察知しきれなかったらしく、桔梗から繰り出されたそれを真面に頭に喰らう。
「痛って~!! 桔梗ちゃん酷くね??」
「黙れ、女の敵!」
頭に響いたのか、蹲る夜雨に桔梗がフンと鼻を鳴らした。
「すごい……!」
「まったく気配を感じへんかった……」
二人の後輩から送られる輝きに満ちた視線に、桔梗は照れながらも笑った。そんな後輩達の様子を見ていた理世とシアンが不意に目を合わせた。
理世がパンパンと手を叩く。
「お遊びはお終いだ。――今回の手紙を運ぶ場所を発表する」
さっきまで険悪な雰囲気だった桔梗と夜雨も席に着き、紗七も柚月もそれに倣った。
皆が座ったのを見計らってシアンが黒板に依頼者の名前と届け先を書く。
「今回の依頼主は科学科のアメリア先生だ。届け先は俺の弟であるレオン・ウェルテクスの部屋になる」
「はい、質問!」
桔梗がシアンの説明に挙手をする。
「シアン先輩が持っていけば、問題ないかと思われます!」
「却下。俺とアイツが仲悪いのは有名だろうが、馬鹿」
「馬鹿だってよ。にゃは――」
「馬鹿に笑われたくないわ」
笑い出した夜雨に桔梗が目潰しを行って黙らせるのを横目に、シアンが続ける。
「……仮に俺が持って行ったとしても、送り主が女性だから寮監に捕まるだけだろ」
「そうだね……」
理世も難しい顔をして黒板を見た。
「授業中に渡してもいいけど、それだと校長の犬にバレて退職させられる可能性もある」
「え……」
柚月が理世の言葉に息を飲んだ。
「退職させられるんですか?」
「ああ。不順異性交遊だ、何だ、とか色々言い掛かりをつけて、辞めさせられた人は少なくないよ」
肩を竦めて言う理世に紗七の顔も強張る。
「……どうする?」
「俺が遊びに行く態で渡しましょうか?」
寮生と言えど選択している科が違うと別室、または別館になっている。
その為、館の寮監に面会を通して入らなければならないのだ。
夜雨が目を抑えながらに言うが、理世はダメだと言った。
「お前は夜に活動することが割れてる。今夜辺り、部屋の前、窓の付近に警備員が二人付けられるだろう」
「チッ、あのクソ狸が」
舌打ちをして夜雨が顔を顰めた。
「じゃあ、私が……」
「それもダメだ。君とレオンが仲の良いことは向こうにも知れ渡っている。それに君が行けば男子寮は『凄いこと』になるぞ」
そう言って含み笑いを浮かべた理世に、紗七と柚月が首を傾げた。
「凄いことって?」
紗七と柚月が口を揃えて言うと、理世とシアンが苦笑する。
「桔梗は、ミス・カモミールと言う学園で行われるミスコンの二年連続優勝者なんだ」
「そんな高嶺の花が来てみろ。ちょっとしたパニックになる」
先輩二人に褒められて嬉しかったのか、若干桔梗の頬が緩む。
「……褒めてないぞ」
桔梗の顔を見て、シアンがボソリと囁いた。
「わ、分かってますよ!!」
赤面しながら取り繕うと桔梗はどうしたものかと顎に手を添えた。
「俺やシアンも当然のこと、監視がキツくなっているから容易に動けない」
そこでだ、と理世は紗七と柚月の両者を見た。
「君達の実力を試したい」
「部長、本気ですか? 下手をすれば……」
「分かってる。でも、これは皆が経験済みのことだ。この子たちだけ無しと言うのは、部の規則に反する」
桔梗が理世の言葉に異論を唱えたが、それも読んでいたのか理世はポケットから紙を取り出して、黒板に貼り付けた。そこには、郵便部の掟と箇条書きで書かれている。
「入部して最初の手紙を届けるのは、ここに居る全員がやってのけたことだ」
――それが出来なければ君たちに部と手紙は託せない。
理世の表情が穏やかな笑みから真剣な物になったのを見て、紗七と柚月は黙って頷いた。
「結構は今夜十一時五十五分だ。これが届け先の地図になる」
理世とシアンから必要な物を受け取ると、紗七と柚月は顔を見合わせた。
そんな二人を見た桔梗がにっこりと笑って頭を撫でる。
「大丈夫。私と夜雨も抜け出せたらフォローするわ」
ね、と夜雨に同意を求めると彼もしょうがねーなと笑った。