序章、星海の放浪者

声を掛けたのは、ただの気まぐれに過ぎなかった。
途方に暮れる幼い瞳が、かつての自分と重なったから――たったそれだけの理由だ。

「もしかして、迷子ですか?」
「え?」
「私がこの街へやってきたのは昼過ぎです。その時も、ここで立っていたのをお見かけしたような気がして、」

見上げた空はすっかり黄昏に染まっていた。
裾に広がる濃紺のカーテンが、直に夜を連れてくることは明白だった。

「誰かと一緒に来たんですよね?」
「ううん」
「じゃあ、どうしてこんなところに一人で立っているんです?」
「……兄貴を待ってるんだ。大砂時計が五回入れ替わったら、帰ってくるって言っていたから」
「そうですか」
「うん」
「ねえ、坊や」

昼時から数えて既に五回は入れ替わっているはずであろう大砂時計が重そうな身体を揺らしながら、二人の目の前でひっくり返った。

「私、この街は初めてなんです。良かったら、美味しいご飯が食べられるお店を紹介してくれませんか?」

ご飯と聞いて、言葉よりも先に少年の腹が「ぐう」と元気な返事を寄越した。
恥ずかしそうに俯いた少年の立派な鬣を、笑いながらも優しく撫で付けてやる。

黄昏の空の下、大砂時計が七番目の星を刻み始めた頃――ヴェレとシトラスの運命もまた同じ時を刻み始めたのだった。