アンナはまず、烏を使って、男たちの尾行を続けた。
そして、上空から男たちにぴたりと張り付くと、地上班であるジェットたちに詳細な場所を伝える。
「ジェット先輩とシィナは左から、ミアちゃんはそのまま私の烏について行って」
了解、と通信機越しに全員の返答を確認する。
そして、机の上に広げた地図へ、魔力を込めた。
魔導学園愛用の立体魔法が施された地図が、アンナの魔力を感知するや否や、王都ミツバの街並みを正確に再現した。
次いで、ぽつぽつと光を帯びた人間が、地図上にいくつか浮かび上がる。
「左の路地から北上しているのが先輩たちで、こっちの中に浮いているのがミアちゃんと私の烏ね」
出発前に、各自の魔力を込めていたおかげで、ジェットたちの現在地が光を帯びる仕組みになっていた。
そして、東の王族の血を受け継ぐアンナたちには龍の魔力が宿っている。
現在地を示す状態から、龍の魔力を辿るよう術式を書き換えれば、城の周辺に次々と光が浮かび上がった。
殆どが王族のものだろう、と当たりをつけると、アンナは王都のやや西に位置する場所で弱々しい光が瞬いていることに気が付く。
「これ、見て」
夕食後、シュラの部屋に集まった全員に、アンナはその場所を示した。
「兄上たちに言われた通り、白いローブの男たちの尾行と並行して、地図を使った魔力検知もしてみたの。そしたら、こんな風に、」
ぱち、ぱち、と瞬く光に、薊が息を呑む。
「殿下の魔力を感じます。きっとここに、殿下が……！」
「恐らく、そうでしょう。俺たちが後を尾けていた男たちもこの辺りで見失ったので」
ジェットが面目ない、と言いながら頭を掻いた。
シュラは同輩の肩を労うように叩くと、咳払いを落とす。
「思っていたよりも早く見つかって良かった。問題は『いつ』救出するか、だな」
「今すぐに行ってはダメなのですか！？」
声を荒げる薊に、シュラは首を横に振った。
「今動けば、人質の身に危険があります。灯龍祭が始まり、犯人たちが逃げられないよう周りを固めてから、行動を起こした方が良いでしょう」
「でも、」
「……私もシュラくんに賛成かな。それと、多分なんだけどね。アイツら、交渉カードは多ければ多いほど良いと思うタイプの人間みたいだよ」
珍しくシュラに同意を示したミアが、一枚の紙切れを机上に放った。
そこには『王族の子らを捕らえよ』と荒々しい文章が書き連ねられている。
「はあ、」
深いため息を吐いたシュラとは対照的に、それを見た双子の弟たちが「囮作戦する！？」と嬉しそうに破顔した。
「こういうのは向き不向きがあるだろ。お前たちはダメだ。途中で我慢できなくなって絶対暴れ出すからな」
「ちぇ～」
「ぶーぶー」
頬を膨らませて抗議する双子の頭に手刀を叩き込んで黙らせると、シュラは次妹に目を遣った。
心底嫌そうに眉間へ皺を寄せるシィナに「お前が適任だ」と声に出して言う。
「私より、姉上の方が向いていると思うけど」
「アンナには全員の位置を把握してもらわないといけないから無理だ。おまけにミアでも付けてやろうか？」
「……余計に不安になること言わないでよ。ミアちゃんが付いてくるなら、まだクオンの方がマシ」
「んだと、てめえッ！」
ガアと吠えたクオンを見て「じゃあ、任せたぞ」とシィナたちの頭を、シュラが乱雑に掻き混ぜる。
「残った面子はカモフラージュのために、灯龍祭へ参加しよう。誰が出る？」
「俺はシィナたちのサポートに回るよ。お前はどうする、ラエル」
「愚問ね。そんなの決まってるでしょ！」
不敵に笑ったラエルの宣言に、シュラは拳を突きつける。
「そうこなくっちゃな！」
「手加減はなしだからね！」
ガシッと力強く交わされた拳を、薊が心配そうに見つめていた。
◇ ◇ ◇
鬼灯を模した灯籠に、次々と明かりが灯る。
薄闇のカーテンがゆっくりと西の方から迫ってくるのを、シュラは遠目に眺めていた。
「……エルヴィ」
夕焼けを見ると、思い出すのは出窓に腰掛けてそれを眺める少女の姿だった。
「なぁに、黄昏てんの」
頭上から降ってきた声に、シュラの眉間に深い皺が刻まれる。
「お前もクオンたちの手伝いに行って良かったんだぞ」
「このお祭りに興味があったから付いてきたのに、そりゃないでしょ」
「……チッ」
「うふっ。その嫌そうな顔、シアン伯父様にそっくり」
「お前は俺を怒らせる天才だな」
あはは、うふふ、と笑い声が飛び交うも、二人の目は笑っていない。
不気味な光景を目の当たりにしたラエルが、思わず隣に立ったジェットの脇腹を小突いた。
「……ちょっと。もうすぐ開場だって、教えてきてやんなさいよ」
「誰が好き好んで、あの中に飛び込むって言うんだ。嫌に決まってるだろ」
「じゃ、双子ちゃんたち」
「リオたちもちょっとやだ……」
「お兄ちゃんと従姉妹でしょうが～～」
「やだぁ～」
ラエルがリオラとキヨラを生贄にしようとその小さな背中を送り出そうとすれば、それに気付いたのかシュラが獲物を狩る獅子のような眼差しと足取りでこちらに近付いてくる。
「…………そろそろ、本戦が始まる時間だ。行くぞ」
「はいよ」
不機嫌を隠そうともしない彼には慣れたものだ。
むしろ、こっちの方がシュラらしい、とラエルは肩を竦めながら頷いた。
「当たっても恨みっこなしだからね！ むしろアンタと当たりたい！」
「何だよ、それ。俺はお前とはやりたくないな」
「どうして？」
「お互いに手の内知ってるからだ」
「……さあ？ それはどうかしらね」
そう言ってラエルは茶目っけたっぷりにウィンクしてみせるのだった。
◇ ◇ ◇
場内へと響き渡ったアナウンスに、シュラは肺の中の空気がなくなるのではないかと思うほど長い息を吐き出した。
「アタシの引きの強さ、忘れてたでしょ」
心底嬉しそうに破顔したラエルを見て、頭を抱える。
「お前、まさかとは思うが、」
「蘭月様に頼んで、組み替えて貰っちゃった」
てへ、と悪びれもなく舌を出すラエルの姿に、観客席からそれを見ていたジェットも両眼を手で覆った。
「何かコソコソしてるな、と思ってたんだよ……」
ジェットの両隣に座る双子も頷きを返す。
箒に跨って空から彼らを見下ろしていたミアが、くすくすと笑みを浮かべる。
「やっぱり、シュラくんたちの学年ってサイコー！」
「ははっ。ヴァルツに言われると、悪い気はしないな」
「ジェットくんも出れば良かったのにぃ」
「お前たちみたいなバケモノと当たりたくないからパスしたんだって」
苦笑したジェットの耳に、銅鑼の音が轟く。
「お。始まるみたいだぞ」
「さてさて、どっちが勝つかな～」
観客勢の熱気と視線を一身に浴びて、シュラは居心地悪く身を捩った。
「ったく、叔父上にも困ったものだ」
「あら、とってもフレンドリーで話しやすい国王様だったわよ？」
「面白がってる、の間違いだろ」
「それじゃ、始めますか！」
ラエルが木刀の柄を強く握りしめた。
銅鑼が鳴り終わるのを合図に、試合は開始する。
――先手必勝。
飛び出したのは勿論、ラエルだった。
「悪いわね、シュラ！ この勝負、貰ったわ！」
「……珍しく自信満々だな」
「アンタに、これを見せたことのなかった過去のアタシを褒めてやりたい気分よ」
そう言って口角を上げたラエルの足元に魔法陣が浮かんだ。
灯龍祭は怪我の危険性を半減するため、武器は全て木製の物のみ使用可能となっている。
だが、魔法は違う。
攻撃性の高い準一級のものまでなら、使用は禁止されていなかった。
広範囲の魔法は勿論、ミアのように空中を移動する浮遊魔法も使用可能なのである。
「いっくわよー！」
ラエルの声に反応して、魔法陣の輝きが増した。
あまりの眩さに、シュラは思わず目を瞑る。
そして、光が落ち着いた頃に瞼を持ち上げると、絶句した。
眼前に聳え立つ大きな人魚の姿に、開いた口が塞がらない。
「そう言えば、卒業が決まったと同時に、精霊と契約すると息巻いていたな」
「あら、覚えてたの？ そうよ。この子がアタシの精霊――レヴィアタン」
覚悟なさい、とどこの悪役だと言わんばかりのセリフを吐いたラエルに、シュラは頭を振った。
試合会場となっている舞台を埋め尽すほどの大きさの巨大な人魚――下半身はウツボのような長い尾鰭となっている――の姿に、どこから切り崩すべきかと思案を巡らせる。
対するラエルは、シュラの戦法を嫌と言うほど熟知していた。
下手に動くよりも、相手の出方を待つ方が賢明である。
シュラは仕方なく、彼女の攻撃を受けることにした。
「上位精霊と契約出来て嬉しいのかは知らないが、その巨体は命取りじゃないか？」
「そんなこと言ってレヴィを舐めてたら、痛い目見るわよ！」
ラエルが地面を強く蹴った。
常よりも早い速度で迫ってきた彼女に、シュラは目を窄めた。
どうやら、レヴィアタンの魔力を借りて、身体能力を向上しているらしい。
（……この速さ、厄介だな）
心の中で毒吐くと、シュラは木刀を身体の前に振り被るようにして構えた。
それは彼が最も得意とする――『八咫烏の構え』だった。
剣を第三の足に見立てる八咫烏の構えは、攻防一体。
一度攻撃が命中すれば最後、連撃を喰らうことは避けられない。
「いいわ。受けて立つ！」
戦闘中に何度も助けられた構えだ。
いやでもその威力を知っている。
だからこそ、シュラがラエルに対して手は抜かないと言っているように見えて、心が躍った。
シュラの持つ木刀が迫り来るラエルに、唸りを上げる。
対するラエルは、それを避けるように上空へ飛んだ。
常とは比べものにもならないほど高く宙を舞ったラエルの姿に、シュラが目を見張る。
「……そうだったな。お前は、いつも俺の予想を簡単に超えてくる！」
連撃を見舞うつもりで込めていた力を、少しだけ弱める。
次いで、足の裏に魔力を集中させた。
軽く地面を蹴る。
パキ、と音を立てて、シュラが蹴った地面に氷の花が咲いた。
「だが、俺も兄貴として、早々に負けるわけにはいかないんだよ！」
「だったらその自信、粉々に砕いてあげるわ！」
「来い！ ラエル！」
「言われなくても……！！」
――ドォン！！
会場を揺らすほどの衝撃がシュラを襲う。
跳躍力だけではない、筋力自体が底上げされているのか、普段のラエルからでは考えられないほどの力に、一瞬たじろぐ。
だが、一撃を見舞ったことで、ラエルに隙が出来たのを、シュラは見逃さなかった。
地面に意識を集中させる。
楔のように広がった自身の魔力を感知すると、シュラは再び地面を蹴った。
「縮地・解――『散り蓮華』！」
それは、かつて桔梗が霊王宮でシアンを仕留めた技と同じものだった。
違うところがあるとするならば、桔梗は雷、シュラは氷で敵を射抜いた点だろうか。
貴賓席を含めた観客勢がどよめきに震える。
「ぐあああっ！？」
氷の魔力が、ラエルを貫く。
巨大なオブジェと化した彼女の姿を見て、審判が片手を上げた。
「それまで……！」
試合終了の合図に、観客席から一斉に拍手が湧き起こる。
シュラは術を解くために、急いでラエルへ駆け寄った。
「お、大人気ないわよっ」
「お前だって本気で来たくせに」
「それは、そうだけどぉ！」
「ほら、さっさと立て。医務室に急いだ方が良い。凍傷になるぞ」
「誰の所為だと！」
「ははっ。悪い、俺の所為だな！」
「この～～～～っ！！」
バシバシと背中を襲った乱暴な拳を甘んじて受け止めながら、シュラはラエルに肩を貸した。
「でも、ありがと」
「ん？」
「手加減しないでくれて」
「何のことだ？」
「ふふっ。アンタのそういうとこが、嫌いになれない理由の一つね」
どこかスッキリとした顔になったラエルは、運営スタッフの担架に乗せられて医務室へと運び込まれていくのだった。
シュラがラエルを医務室に送って観客席へ戻ると、闘技場は再び熱気に包まれていた。
言霊魔法を駆使したミアが、対戦相手に爆撃をお見舞いしていたのである。
「相変わらず、えげつないな」
「かわいそう……」
「いたそう……」
リオラとキヨラがげっそりとした表情で、黒焦げになった対戦相手に手を合わせた。
「兄上」
次いで二人して真剣な顔になったかと思うと、シュラの袖口を軽く引っ張った。
「……ああ。お前たち、行くぞ」
「え、でも、ミアちゃんは？」
「置いていく。今のアイツに声を掛ける方が面倒だ」
澄んだ瞳でそう告げると、シュラは弟たちを引き連れ、闘技場から姿を消すのであった。
◇ ◇ ◇
血の匂いが充満している。
数日間、水しか与えられていない身体は言うことを聞かず、腕を持ち上げることすらも億劫だった。
「…………綺麗なお顔が台無しですね」
遂には幻聴まで聞こえ始める始末。
重い瞼を開ければ、ここに居るはずもない従姉妹が目を細めて立っていた。
「シィナ従姉上？」
「はい」
「ど、して、ここに」
「薊様から殿下の救出を依頼され、馳せ参じました」
縛られていた荊月の手首が楽になる。
そちらに視線を送れば、魔力封じを施された鎖がシィナの手に握られていた。
「だ、だめです。従姉上、それに触れては、」
「大丈夫。既に術は解除してあります」
シィナの言葉にホッと胸を撫で下ろした荊月であったが、次いで近付いてくる不穏な気配に眉根を寄せた。
「誰か来ます」
「ええ」
荊月の身体を支えながら、シィナが立ち上がる。
入り口は一つ。
すぐそこまで迫る気配に、誰かが生唾を飲み込む音がやけに大きく響いた。
「――くそ！ 取引には応じないって、どういうことだ！ 皇子の命が惜しくないのか！」
乱暴な動作で部屋の中に転がり込んできた男と、シィナの視線が交差する。
「ごきげんよう。オジサマ。この通り、殿下は返していただきました」
ゆるり、と笑ったシィナの横顔に、荊月は思わず口元を引き攣らせた。
この従姉妹との関わりは年明けの宴席くらいなものであったが、怒らせると誰よりも面倒なことは痛いほど理解している。
物凄く起こっているときの顔だ、と内心で震えながら、自身も犯人に鋭い視線を向けた。
「どうやって、ここに入った」
「気になるのはそこだけ？ お仲間の心配をしないなんて、随分薄情なのね」
「同胞がお前のような小娘一人に遅れを取るわけないだろう」
男は懐から猿の仮面を取り出した。
身に付けた途端に膨れ上がった男の魔力に、シィナが片眉を持ち上げる。
この手の道具は怒りを魔力に変換することが多い。
面倒だな、と口の中で小さく呟くと、荊月を自身の背後へ隠した。
「出来れば、これは使いたくなかったのだけれど、」
そう言ったシィナの手には、呪符が数枚握られていた。
「そんな紙切れで止められるほど、柔ではないぞ！」
豪、と突風を纏った男が二人へと向かってくる。
「ひっ、」
上擦った悲鳴を漏らした荊月とは対照的に、シィナは眉一つ動かさなかった。
猿面の男が腕を伸ばす。
「獲った！」
男が声高に叫んだ。
「――何を？」
ぞわり、と背筋を撫でる冷たい殺気に、男は目を丸くした。
先ほどまで眼前に居たはずの少女と人質が、いつの間にか背後に回っている。
どういうことだ、と目を丸くする男に、少女が怪しい笑みを浮かべた。
「貴方の敗因は、これを『紙切れ』だと思ったこと。少し魔法が扱えるから、と調子に乗りすぎたみたいね」
「何だと――ッ！？」
振りかぶった男の拳は動かない。
男の四方を取り囲むようにして、シィナの呪符が空間に固定されていた。
「獅子封じの術。指先や足元からじわじわと神経毒が貴方を蝕んで、最後には動けなくなる。命までは取らないから安心して」
その双眸には蒼い宝石が嵌め込まれていた。
白銀の髪が、ふわりと揺れる。
冷たく微笑んだ幼い少女の姿に、男の脳裏で青い軍服を着た青年が重なる。
「おま、え、ウェ、ルテク、スの人間、か……ッ！」
「それを知って、どうするの？」
「よくも、ホロ様を、たぶ、らかした、な」
「ホロ先生を誑かす？ 何のことかしら？」
「先生、だと！？」
「――何を勘違いしているのか知らないけれど、あの人は私たちに誑かされるような可愛げのある人じゃなくってよ」
シィナはそう言って目を細めると、荊月の手を強く引っ張った。
「行きましょう、殿下。長いは無用です」
「は、はい」
おのれウェルテクス！と響いた罵声を背に受け止めながら、シィナは外で待つクオンと合流を急いだ。
「遅い」
開口一番、そう言った従兄弟にシィナは唇を尖らせた。
クオンが不可視の魔法を掛けてくれたお陰で簡単に進入できたとは言え、見張りの役割を何たるか分かっていない様子の彼に鋭い睨みを効かせる。
「ごめんなさいねぇ、遅くなって。誰かさんがしっかり見張りをしてくれていたら、戻ってきた敵と遭遇しなくて済んだんだけれど、運悪く戦闘になっちゃってぇ」
「うぐッ」
「これに懲りたらハーピィー頼りに見張りするのやめなさいよね」
はあ、とため息を吐き出したシィナに「チッ」と舌打ちを返したクオンだったが、次いでその表情を固くした。
「シィナ！」
「な、何よ。急に――！？」
――ビュン！
どこからともなく飛んできた矢に、クオンとシィナが顔を見合わせる。
少し離れていた荊月の腕を引き寄せると、自分たちの背に挟むようにして、彼の身体を姿見えざる敵から隠した。
「ったく！ お前の方こそ、索敵しっかりしろよな！」
「見張りには『索敵』も含まれてんのよ！ バカ！」
「誰がバカだって！？」
「アンタに言ってんのよ！ おバカ！ 前！ 前、見なさいってば！」
珍しく動揺している従姉妹を鼻で笑うと、クオンは深く息を吸い込んだ。
指を鳴らし、愛用している槍を召喚する。
「ピーピー喚くな、タコ！ 見えないなら、全部吹っ飛ばせばいいだろ！」
「はあ！？ アンタ、何考えて、」
シィナの言葉を右から左へと流しながら、クオンが槍の穂先を地面に突き立てた。
「……殿下、すみません。少し揺れます」
「は、はあ」
「ちょっと、嘘でしょ！ まさか――」
「英傑の墓守よ。その囁きを彼の地へと注げ――《流星の墓石》メテオ・グレイブ！！」
詠唱と共にクオンの槍が、金色の光を放つ。
次いで、激しい揺れが辺り一体を支配した。
「おわッ！？」
少し離れた建物から悲鳴が上がる。
それを聞き逃さないシィナたちではない。
「クオン！」
「分かってるって！」
シィナの声に、クオンが呼応する。
彼の背中には契約しているハーピィの翼が生えていた。
詠唱も行わず、精霊の翼を借り受けるなんて荒技は、アメリアの血と魔法センスを受け継いだ彼にしか出来ないものだ。
隼のような俊敏さで宙を舞った従兄弟の背に目を細めると、シィナは今度こそ脱力した。
周りに他の魔力は感じられない。
そんな彼女の様子を見た荊月も緊張の糸が解けたのか、その場に膝から崩れ落ちる。
「殿下！」
「す、すみません。腰が抜けたようで、」
「ふふっ、もう大丈夫ですよ。あとは迎えが来るのを、待ちましょう」
そう言って微笑んだシィナであったが、不安が完全に拭えたわけではなかった。
他の王族も狙われている、と昨日ミアの放った言葉が脳裏を過ぎる
（大丈夫、だよね）
兄上、と瞼の裏に長兄の姿を思い浮かべるのだった。
◇ ◇ ◇
然して、シィナの心配は的中してしまった。
荊月に扮している薊と、荊月の弟である葟の前に、敵が姿を見せたのである。
「ま、そう来ると思って対策はバッチリなんだけどな」
冗談めかしてウィンクを決めたのは、シュラと同期の一人――ジェットだ。
彼の足元には、シュラと双子の弟たち、そして知らせを受けて医務室から喜び勇んで駆けつけたラエルによって伸された男たちが転がっていた。
「俺の『影魔法』で分身を造って、その上から薊姫の『鏡魔法』で王族の姿を投影してもらったんだ。気付かなかっただろ？」
珍しく得意げなジェットの様子に、シュラとラエルが「はいはい」とぞんざいに相鎚を返す。
「そんなことより、アンタも働きなさい。人数が多いったらないのよ」
見なさい、双子ちゃんたちを、とラエルに言われて初めて、ジェットはシュラの弟たちに目を向けた。
そこには額にびっしりと汗を浮かべながらも、懸命に敵と対峙する幼い少年たちが立っている。
「わ、悪い。作戦通りにハマったのが嬉しくてつい……」
「別に気にしてないよ。それにアイツらのアレはわざとだしな」
「？」
「直に分かる」
シュラはそれきり言葉を発さなかった。
そんな彼の隣には、術を解いて本来の姿へ戻った薊姫が、薙刀を片手で振り回し、次々に敵を斬り伏せている。
「……東の血族、おっかねえ」
「同感」
生粋の西の国国民である二人はそう言って顔を見合わせると、互いに背を預けた。
ナーガ相手には遅れを取ったが、対人戦闘は嫌というほど教官たちに叩き込まれている。
実践さながらの教官たちの殺気に比べれば、眼前の連中は獣の面で顔が隠れているお陰もあって、怖さ半減だ。
「いっくわよ～～！」
「おう！」
ジェットは片手剣を、ラエルは刀を。
二人は同時に敵へと振り下ろした。
身柄を拘束するために、出来る限り急所を外しての攻撃をしなければならない騎士候補生たちを他所に、敵は命を奪うつもりで攻撃を仕掛けてくる。
これがまた、学生たちにとってはとんでもないストレスだった。
「あ～～！ もうっ！」
最初に痺れを切らしたのは勿論、ラエルである。
峰打ちで敵を伸した彼女は、あろうことか刀に付与している魔法を発動しようとその右手を高く掲げた。
「止せっ！ ラエル！」
ジェットが制止を呼びかけるも、間に合わない。
短気を起こした同輩に、シュラも舌打ちを落とした――そのとき。
「大丈夫。僕たちに任せて」
「ラエルちゃんも、刀下ろしてね」
透き通ったアルトの声が二つ。
綺麗な二重奏を響かせたかと思うと、ラエルの刀から魔力の気配が消えた。
「え、」
何をされたか全く見えなかった。
双子の魔力の痕跡だけが、ラエルの周りに漂っている。
「……いけるか？」
「うん！」
「キヨも！」
「よし！ なら、速攻で終わらせるぞ！」
気が付くと、双子はシュラに背を預ける形で立っていた。
ラエルとシュラの間に開いた距離は五メートル弱。
その距離を一瞬で詰めたのか、とラエルは怖いものでも見たかのような表情を貼り付けて、ジェットを振り返った。
同じように目を丸くするジェットだったが、次いで、襲い掛かってきた敵によって思考を放棄せざるを得ない状況に陥る。
「巴舞でいく。ついてこいよ」
「うん！」
双子の返事を聞くや否や、シュラは長刀の背に指先を軽く添えた。
一呼吸置いて、軽く地面を蹴る。
空中へと飛び上がったシュラに、敵の視線は釘付けとなった。
お留守になった足元を、キヨラが棍棒で薙ぎ払う。
そして最後に、体勢が崩れた敵の顔面や鳩尾にリオラが拳を叩き込んだ。
兄弟の見事な連携技に、ジェットは思わず敵地のど真ん中であることも忘れて口笛を吹いた。
それを二、三度繰り返すと、敵の殆どが地面へ倒れ伏していた。
シュラは空中に飛び上がるたびに残敵を把握し、敵の多い場所へと双子を誘導していたのである。
「よし。こんなもんだろう。後は、反魔法の鎖で拘束して、近衛兵に引き渡すか」
「え、ああ。うん。……ごめん、シュラ。これだけ言わせて」
「ん？ 何？」
「東の血族、怖すぎ」
「はあ？ 何言ってんだお前」
真っ青な顔をして首を横に振るラエルに、シュラは眉根を寄せてジェットに助けを求めたが、ラエルと同じような表情で首を横に振る彼に、ますます謎は深まるばかりであった。