2話

寮の消灯時間は十時半。
そして、現在の時刻は十一時五十分。作戦開始の五分前である。
幸いにも紗七と柚月は同室であった。
お互いのベッドに互いの毛布やらクッションやらを詰めて人が寝ている風に見せかけると紗七がそっと窓から外に飛び降りた。
柚月もそれに続くと女子寮の屋根に降り立つ。
「ここがB棟の一階の屋根だから……。こっちね」
「分かった」
小声で地図の確認を済ませると、二人は軽い身のこなしで屋根を伝いA棟への侵入を成功させた。
男子寮はA、C棟に分館されているのだが、レオンは侵入しにくいC棟の生徒だ。
A棟からの侵入経路は二つ。
一つは屋根伝いに行くことが可能だが、今夜は警備態勢が厳重でネズミ一匹通れそうにない。
可能なもう一つは屋根裏を通ることだ。
あまり知られていないが、寮の建物は屋根裏で繋がっていて人ひとりくらいは余裕で通れる。だが、それも分かってのことか校長の手先が数名、屋根裏への入り口付近を警備していた。
「どうする?」
柚月の声に紗七が考えを巡らせる。
「私が囮になって前を突っ切るから、柚月が上からってのはどう?」
「それやったら落ち合うのはここやな」
 地図上で二人の指が重なる。
「OK!」
「よっしゃ、ほな行こか!!」
パァン、と勢い良くハイタッチすると紗七は柚月に目配せして、校長の手先の前へ走って行った。
「こっちよ!」
べーっと舌まで出して挑発すると手先の内二人は紗七を追いかけて行った。残りの一人が警戒を強めて入り口に残る。
「はい、ごめんやで~っと!」
柚月の方も男の背後へ回り、頭に踵落としを決めた。
簡単に屋根裏への道へ入ると懐中電灯を口に咥え、低い姿勢になると先を急ぐ。

「ここね」
柚月が降りてくるであろう換気扇の下を見つけると、紗七は男達を振り返った。持っていた竹刀を抜いて構える。
右から来た男に峰討ちを、左から遅れて来た男には突きを放った。
あっという間に伸びた男達に呆れていると換気扇から真っ黒な顔をした柚月が降りてくる。
「時間ぴったり」
「そら、どうも」
二人して笑うと廊下から部屋へと急いだ。
ウェルテクスと書かれた部屋をノックする。
「はい」
中から眼鏡をかけた男子生徒が出てきて、紗七は持っていた手紙を渡した。
柚月が満面の笑みで言う。
「郵便部です! お手紙をお持ちしました」
二人して会釈すると男子生徒が「ありがとう」と笑う。
すると手紙が渡されるのを見計らっていたかのように、耳を劈くような警報が鳴り響いた。
『郵便部、今すぐ出てこい!! さもなくば――ぐはっ!!?』
途中で声が途切れたかと思うと、理世たちの笑い声が続けて響いた。
『二人共、お見事! これで君たちは正式な郵便部の部員だ! あ、残りの警備員は片付けておくから、お風呂に入ってゆっくり休んでね』
『部長、後半はセクハラですよ』
『理世……』
『にゃははは』
先輩たちの笑い声に後輩二人も釣られて笑顔を浮かべると、自分たちの部屋へと戻った。

首をゴキリと回したシアンが、向かってきた男を軽々と放り投げる。
自分の方に飛んできたそれを理世は顔色一つ変えずに受け取ると、満面の笑みで言った。

「次に俺の紗七に手を出してみろ、殺すぞ」

低い低い声で言われた言葉に、男はこくこくと首を縦に振ることしかできなかった。
それを見た周りの男たちも、ひくりと顔を引き攣らせる。
そしてその中に居た一人の肩を桔梗が叩いた。
「私の部屋の前に居たのって、あなたよね?」
「へ?」
「プライバシーの侵害だわ」
ふふ、と美人が笑えば怖いとよく言うが桔梗の表情は一段と怖かった。
無言のまま男に上段回し蹴りを決め、鎮める。
「あちゃー、桔梗ちゃんキレてんねー」
「アンタも他人のこと言えないでしょうが」
既に何人か伸びた男の上に座る夜雨がバレた?と人の悪い笑みを浮かべる。
「……お前らなぁ」
「シアンも、桔梗たちのこと言えないよ?」
「何も言ってないだろうが」
彼らが笑って祝賀会でもしようかと歩いて行った後には、伸びて屍と化した校長の手先が転がっていたという。