朝焼けと聖女は踊る

4話『二人の縁』

 昔から、何かが足りないと常々思っていた。 心にぽっかりと穴が開いたような、そんな感覚がいつもあった。「マリア……!」 彼女と出会ってから、その喪失感は少しだけ軽くなった気がした。 赤ん坊の頃に捨てられた彼女を教会の前で見つけたのは、他でも…

3話『聖女マリア』

 姉の姿を視界に収めたとき、ロゼッタは嬉しさで胸が弾け飛んでしまうのではないかと思った。 もう会うことも出来ないと思っていた姉が生きている。 例えその中身が紛い物であろうと、ロゼッタにとってはたった一人の姉であることに変わりはない。 だから…

2話『鏡』

「マリアの様子はどうだ?」 憑き物が取れたように穏やかな表情で戻ってきたナギに、アッシュは瞬きを一つ落とした。マリアと瓜二つの顔でそんな表情をされると、どうにも心臓が落ち着かない。「変わりありません。それどころか、目覚める気配すら……」「そ…

1話『雷の落胤』

 イザベルたちと合流して束の間、マリアは簡易的に張られたテントの寝台に寝かされていた。 見れば見るほどそっくりだと、少女の顔に触れながら、ナギは苦笑した。 己が存在を写し取った、片割れといってもおかしくはない少女に背負わせた業の重さに、ぎり…

5話『守護騎士』

 金属のぶつかり合う激しい音が森の中に木霊する。「獣をどこにやった!!」「貴様が真の聖女であるならば、自ずと分かるであろう!」「このッ!!」 大剣と薙刀。獲物の違いはあれど、リーチの差はそれほどない。 だが、片や歴戦の騎士と一年前に剣を持っ…

4話『聖剣』

 自己犠牲の塊だ、と誰かがマリアのことを揶揄していたのを嫌でも思い出してしまう。 たった十五歳の少女が背負うには大きすぎる使命を、アッシュはただ傍で支えてやることしか出来なかった。 何と声を掛けて良いのか分からない。 後衛に獣の監視を任せる…

3話『糸の先』

「チッ!」 見ていることしか出来ない自分が悔しくて、ナギは鋭い舌打ちを零した。 二人の子供はまだ幼く、彼らをこちら側に残してマリアたちを助けに行くことが出来ない。「アンタが望んだ結末がアレなのか?」 ナギの言葉に、空間が震えた。『……私はい…

2話『祈り』

――声を聞いた。 子供が泣く声を。 目を覚ますと、身体が痛かった。 固い木の感触と、上下に小刻みに揺れる感覚に、マリアは自分が馬車に乗せられていたことを思い出す。「……そうか、ここは」「気が付きましたか?」 まさか同席している者が居るとは思…

1話『暁と乙女』

 見たこともない物騒な顔で眼前の巨狼を睨む迦楼羅に、マリアは戦闘中であることも忘れて、しぱしぱと瞬きを繰り返した。「迦楼羅?」 マリアの声が聞こえていないのか、普段の様子はかけらもない様子で迦楼羅は炎の温度を上げていく。 見渡せば、周りの植…

4話『白銀に見える』

 紆余曲折の末、食事を終えたマリアだったが、その顔は先程とは比べ物にならないほど固く強張っていた。 ベッドに眠るユミルの顔色が優れないことが原因である。「あの睡眠薬も効かないとなると、打つ手がないな」「ええ。それにあの薬は副作用も強く、心臓…

3話『異国の騎士』

「マリア様は?」 先に大浴場に着いていた聖子・フィンにそう問えば、彼はちら、と視線を浴場の入り口の方に向けた。「今、イザベルが背中を流しに行ったところです。一人だとすぐに出てきますからね」「そうですか。助かります」 マリアは風呂があまり好き…

2話『番人』

 眼前に浮かぶ様々な色と形の門に、ナギは疲れたように首を横に振った。「駄目だな。閉じる力が弱いのか、直ぐに開いちまう」 深い溜め息を吐き出しながら、手近の門を閉じようと翳した手に意識を集中するも、それは直に口を開いてしまう。 どうしたものか…