6話『新月に濡れる』

新月の日。
魔界への扉が開くことはなかった。

次の新月も、そのまた次の新月も同様に扉が現れることはなく、ベヒモスはチヨの塔に身を寄せる他なかった。

魔王軍が来なくなって二年。魔族の侵攻がなくなったことで、チヨの元にも連絡係の騎士たちが来なくなってから一年が経とうとしていた頃――チヨの身体には新たな生命が宿っていた。

「……連絡がなくなったことで、妊娠を知られずに済んだのは助かりました。ですが、この塔での生活はこの子にどんな影響を与えるか分かりませんね」
「そうだな。貴女の体調が落ち着いたら、どこか静かな場所を探しに行こう」
「ええ」

愛しそうに腹を撫でるチヨの手に、ベヒモスは己の手を重ねた。
伝わってくる温度は心地良く、二人して眦を和らげる。

それからチヨの体調が落ち着くのを待って、二人は塔を離れた。
教会にあまり良い思い出のないチヨにとって塔を離れることに何の迷いもなく、必要な物だけを淡々と鞄に詰めていく姿はまるで機械人形のようで、ベヒモスは少しだけ胸が痛かった。

魔界と人間界を繋ぐ扉が現れるのは、水辺であることが多い。
これは魔界の空が海で出来ていることと関係しているのではないかと、双方の学者間で議論が続けられているが、未だ解明には至っていない。
だが、今はそんな定かではない通説にしか縋ることのできないベヒモスは、人気の少ない湖の近くに見つけた一軒家に身を寄せることにした。
ここの大家は少し先の村で暮らす腰の曲がった老婦人で、年若いチヨの大きなお腹を見て何かを察したのか「陣痛が来たら言いなさい。すぐに来てあげるからね」と、一言告げただけで、それ以上は何も聞かれることはなかった。

チヨが隔離されていた塔から離れたとはいえ、ここはまだ聖アリス教会の管轄内であることに変わりはない。
ベヒモスは細心の注意を払いながら、湖の周辺や近くの村を調べることにした。

「貴方の角は目立ちますから、出かけるときは必ずこれを被ってくださいね」
「ああ。ありがとう、チヨ」

濃紺の生地で作られたフード付きのローブを受け取り、ベヒモスは笑った。
魔王城で生活していた頃は、毎日人間との戦いに備えて軍略会議にかまけていたが、今は違う。
ピリピリと必要以上に殺気立たなくても良い。穏やかに過ごせる日々が、どうしようもなく愛おしかった。

「行ってくる」
「いってらっしゃい」

少しだけ丸みを帯びて柔らかくなったチヨの身体を抱きしめると、ベヒモスは扉に手をかけた。
赤い屋根が目印の一軒家で、愛しい人が自分の帰りを待っている。
今のベヒモスが守る小さな城は、優しさと温もりで溢れていた。

一軒家での生活にも慣れた頃。
チヨに陣痛がやってきた。
その日は、大きな満月が湖いっぱいに映り込んだ穏やかな夜で。

「ああああああああああっ……!!!」

いつものように、何の進展もなく、村で交換してもらった食料を持って帰宅したベヒモスの耳に、妻の悲痛な叫び声が響いた。

「チヨ!!」

慌てて家の中に入れば――宛ら押入り強盗の勢いである――険しい表情の老婦人と目が合う。

「遅かったね。こっちに来て奥さんの手を握っておやり」
「あの、これは……?」
「今夜は満月だ。産気づいても不思議はないさね」

魔界では満月の日に子どもは生まれない。
新月の日に闇の魔力に導かれて子どもが生まれるとされていた。
だが、こちらではどうやら違うらしい。

人間界と魔界との常識の違いに、ベヒモスはぱちくり、と瞬きをした。
そら、ぼうっとしてないで、と言われて、ベヒモスは荷物は放り投げてて寝台に横たわったチヨに駆け寄る。

「チヨ」

ベヒモスの声に、額に大粒の汗を滲ませたチヨがはく、と喘ぐように空気を吸い込んだ。

「ベ、ヒモス」

普段から白い肌が、力んでいる所為でさらに白さを増していて、どこか痛々しい。
ゆっくりと伸ばされた華奢な指先を、ベヒモスはしっかりと掴んだ。

「お、かえり、なさい……」

さっきまで悲鳴を上げていた人物と同じ人物だとはとても思えないほど穏やかな声で、チヨが笑った。

「ぐっ……!!」

次いで、再び苦悶の表情を浮かべたチヨの頬を、一筋の汗が伝っていく。
彼女が力を込めたことで、ベヒモスの手には血が滲んだ。
だが、彼は手の痛みなどお構いなしに、チヨの手をきつく握り返す。

「頑張れ、チヨ。頑張れ!」
「うううあああ!!」
「チヨさん、一度深呼吸なさい。そう、ゆっくり吐いて。上手よ」

老婦人の問いかけに、チヨはゆっくりと落ち着きを取り戻し始める。
ふー、ふー、と長い息の後に、老婦人が叫んだ。

「いきんで!!」
「んんーーーっ!!」
「頭が出たわ!! 肩が出れば、もう少しよ!! 頑張って!!」

痛みのあまり、チヨは唇を噛んだ。赤い血が、顎を伝ってシーツに落ちる。
瞼を閉じれば、耳裏で自分の鼓動ともう一つの鼓動が重なって聞こえてきた。

「おんぎゃあ!! おんぎゃあ!!」

大きな泣き声が家を振動させる。

「元気な女の子ね。チヨさんに似た綺麗な瞳をしているわ」

身綺麗にされた赤子を見て、チヨは泣いた。
ずっとチヨの手を握っていたベヒモスも、赤子がチヨの隣に寝かされたのを見て、その場に崩れ落ちる。
脱力する夫婦に、老婦人も安堵の息を漏らす。

「しばらくは安静にしなさいね。何かあったら、いつでも呼んでちょうだい」

産後の処理を終えると、老婦人は皺くちゃの顔で笑って帰って行った。

「……ありがとう、チヨ。よく頑張りましたね」
「え、ええ」
「チヨ?」

チヨの目は、ベヒモスを見ていなかった。
生まれたばかりの娘をじっと凝視して、視線を動かそうとしない。

「どうかしたのか、チヨ?」
「……ごめんなさい。ごめんなさい、ベヒモス」

さめざめと涙を零したチヨの姿に、ベヒモスは瞬きを落とす。
それは喜びの涙と呼ぶには翳りの色が濃く、見ているこちらの胸が痛むほどだった。
ベヒモスは寝台の隣でそっと膝を折って、妻の表情を覗き込む。

「どうしたのだ。何故、泣いている?」
「この子は、私と貴方の子。だから、アリスの環から抜け出せると思ったの。でも、駄目だった」
「……どういうことだ」
「私たちアリスの血を受け継ぐ者は女しか産めない。初代魔王ルーシェルの呪いによってそう造りかえられてしまった」

チヨは手の甲に浮かんだ白百合の紋章をベヒモスの前に翳す。

「私は十三番目のアリス『魔女』。そしてこの子は十四番目のアリス『生贄』として選ばれてしまった」

アリスはルーシェルが愛した女性だった。
彼女はルーシェルを裏切って、自分が作った始まりの人間と契りを交わし子どもを産んだとされている。

――けれど、子どもは一人しか造ることが出来なかった。

ルーシェルがアリスに呪いを掛けたからだ。

『密約を破ったお前には災いを与えよう。子どもは皆、娘しか生まれず、それぞれに呪いを刻む。お前から数えて十四番目のアリスが生まれたとき、俺は再びお前の前に現れ、眼前でその娘を食らってやる』

これが最古に記されたアリスの記録。
教会の古い文献でそれを知ったチヨの母は、子を成すことを酷く嫌がったらしい。
チヨの母に与えられた呪いは『星』。
未来を先見出来る能力を持った人であったため、子を成せば自分が死ぬのを見てしまったのだろう。
結局神父に強姦されて子を成した彼女は、産まれたばかりのチヨの魔力に焼かれ、悲痛な最期を遂げた。

「……ごめんなさい。魔族との間に出来た子なら、呪いは発動しないと思ったのに」

乳を求めて泣く赤子を見て、チヨは流れる涙を止められそうになかった。

「呪いは、いつ発動するんだ」
「分かりません。私のように生まれてすぐ発動する場合もあれば、数年後に突然発動する場合もあります」
「では、私と貴女でこの子を守れば良い」
「え?」

ベヒモスの手がチヨの涙を拭う。

「ご初代様や、聖騎士が相手だろうと、この子は私が必ず守ってみせよう」
「ベヒモス」
「もちろん、貴女のことも」

私が守るよ。
ベヒモスの言葉に、チヨの眦が更に赤みを増した。
しとどに頬を濡らす彼女を、ベヒモスは力強く抱きしめた。

「共に守ろう」
「はい……!」

満月の夜、浅葱色の髪をした美しい女の子が生まれた。
彼女の目は、母と同じ金色。
笑うと父によく似た綺麗な娘だった。

「……娘が生まれたようですね」

水晶越しにチヨの姿を見つけ、男は愉悦に染まった色を瞳に滲ませた。

「ジグ。アレを連れ戻しなさい。『生贄』のアリスがこちらの手中にあると知れば、魔王軍は必ず現れるはずです」
「はっ」

ジグ、と呼ばれた少年は男に深々と頭を垂れた。
しゃがれた声で笑う男から水晶を受け取り、唇に弧を描く。

「待っていろ、俺の[[rb:女神 > アリス]]」

水晶に口付けたジグの瞳は、恍惚に溶けて煮詰めた金色に染まっていた。

◇ ◇ ◇

子どもが生まれてからチヨの表情は明るくなった。
塔を出てから、どことなく不安そうだった彼女が見せた柔らかい笑顔にベヒモスも釣られて笑みを零す。

「野苺を摘んできた。ジャムにして、貴女の好きなパンケーキと一緒に食べましょう」
「ええ。嬉しい。ありがとう、ベヒモス」

チヨがそう言って笑えば、彼女の腕に抱かれた赤子も「きゃっきゃっ」と嬉しそうに声を上げた。

「何だ? お前にはまだ早いよ。おチビさん」
「そうね。貴女がもう少し大きくなったら、お父様が摘んできた野苺も食べられるようになるわ」
「……んんっ」
「ベヒモス? どうかしました?」
「あ、いや、その……。お父様、という呼称になれていなくて」
「あら、」

ふふっ、と笑ったチヨの声が、空気を揺らす。
口を滑らせたと思っても、後の祭りだ。
楽しそうに眦を和らげたチヨの指先が、ベヒモスの頬に触れた。
熱い、魔族とは異なる体温が、優しく肌の上を張っていく。

「慣れてもらわなければ、困ります。この子に『親父』なんて、呼ばれるのは嫌でしょう?」
「……それはそれで、良いかもしれん」
「もう! ベヒモスったら!」

二人の生活から、三人の生活に変わって、穏やかな日々にも漸く慣れ始めた頃。
娘が生まれて半年後の新月のことだ。

――それは静かな日常を壊しにやって来た。

魔界と人間界を繋ぐ扉が、突如として出現したのである。

奇しくもそれは、ベヒモスとチヨの恩人である老婦人が住む村で開いた。
凡そ三年半ぶりに開いた扉からは、大勢の魔王軍が流れ込み、それを押し返そうとする聖アリス教会の騎士団との混戦で、一夜にして村は地獄と化した。

「……早くお逃げ! ここにも騎士がやってくるかもしれない!」
「でも!」
「私のことは良い! 早く逃げなさい!」

顔面を煤だらけにして現れた老婦人に、チヨは戸惑った。
ベヒモスは日課の調査に出かけていて、今はいない。
ここに彼がいてくれたら、きっと同じことをする。
チヨはグッと奥歯を噛み締めると、簡単に荷物をまとめ、命からがら知らせにやってきてくれた老婦人の手を取った。
こんなにも優しくしてくれた人を、置いて逃げるなんてこと、チヨにはできなかった。

「行きましょう! 逃げるなら、一緒に!」
「だけど……!」
「大丈夫です。ベヒモスならきっと、私たちのことを見つけてくれます」

老婦人の手を引いて、娘を抱き上げると、チヨは勢い良く外へと飛び出した。
赤い屋根の小さなお城。
初めて出来た自分だけの居場所。
それを捨てるのは、心苦しかったけれど、今はそれを惜しんでいる暇もない。

「できるだけ遠くへ行きましょう。歩けますか?」
「あ、ああ……。荷物は私が持とう」
「お願いします!」

左手に赤子、右手で老婦人の手を握ったままチヨは当てもなく、森の中をぐんぐんと進んでいった。
ベヒモスの気配を辿りながら。

遠くから、硝煙の匂いがすることにベヒモスが気付いたのは、魔王軍が攻め入ってから一刻ほど過ぎてからだった。
常ならば頭上に星々が浮かんでいるはずなのに、辺りは暗闇に包まれ、音を失っている。

「……チヨ!」

赤い屋根が脳裏を掠めた。
地面を抉るように蹴って、家路を急ぐ。
すぐそばに、慣れ親しんだ魔力が近付いていることに、ベヒモスはホッと胸を撫で下ろした。

「チヨ!!」
「ベヒモス!」

チヨは腕に赤子を抱いていた。
その後ろでは喘ぐように呼吸を繰り返す老婦人がいる。

「村から知らせに来てくれたんです。――魔王軍がやってきた、と」
「……そうか」

魔界に帰ることができる。
やっと、主君の無念を晴らす機会を得られたはずなのに、ベヒモスは心から喜ぶことができなかった。

「ともかく、ここから離れましょう。ご婦人、まだ歩けますか?」
「……ああ。まだ、大丈夫さね」
「良かった。辛ければ言ってください。背負います」

言葉を放つのも億劫なのだろう。
老婦人はこくこくと忙しなく頷くと、荷物を抱え直した。
四人になった一行は、魔力の気配を頼りに、扉が出現したであろう場所を遠回りに目指すことにした。
途中で立ち寄った村に老婦人を避難させることにしたベヒモスとチヨの二人に、彼女が懐から黒曜石のブローチを差し出す。

「ありがとうね。――あんたは、死んだ娘によく似ていた。これは娘が生きていたら、成人祝いにやろうと思っていたんだ。受け取ってくれるかい?」
「そんな大事なもの、いただけません!」
「なら、預かっといてくれ。いつかまた、私が生きている間に、返しにきておくれよ」
「でも、」

老婦人の瞳は、ブローチと同じ色を宿していた。
毛先は燃え、頬や指先は煤で汚れているのに、瞳の輝きだけは失わず、真っ直ぐに二人を見つめている。

「……わかりました。お預かりします」

ベヒモスは、亡くなった母を老婦人に重ねた。
人肌の、温いブローチを受け取ると、娘のお包みにそれを忍ばせる。
渋るチヨの手を、きつく握りしめた。
それだけで、ベヒモスの思いが通じたのか、彼女はそれ以上、老婦人に言葉を返すことはしなかった。

「必ず、お返しに参ります」

老婦人は、皺くちゃの顔を歪めながら、満足そうに笑っていた。

◇ ◇ ◇

二人が老婦人の暮らしていた村にたどり着くと、そこには凄惨な光景が広がっていた。
魔族の戦士たちが殺した聖騎士の首を数えながら、地面に次々と並べている。

「……チヨ、少し離れていてください」

ベヒモスの声が硬い。
チヨは静かに頷くと、ベヒモスから離れて、そっと林の中に身を隠した。
血と硝煙の混ざった醜悪な臭いに、ベヒモスは思わず顔を歪める。
懐かしい、戦場の香りと風景のはずなのに、以前のように心は踊らない。

「ベルゼブブ」

大将旗には見覚えがあった。
先日、三貴人に召し抱えられたばかりの青年を見咎めて、ベヒモスは彼の名を呼んだ。

「……ベヒモス様?」

深緑の髪が砂埃舞う風と煙に煽られ、青年の顔を晒す。
モノクルを付けた精悍な顔つきの青年が驚いた表情でベヒモスを見ていた。

「君が今回の隊長か」
「はい。本来であればマモンやレヴィアタン様が出撃する予定だったのですが、二人は貴方を擁護した罪に問われ、代わりに私が」
「……では、私が王を殺したことになっているのか」
「恐れながら、貴族院はそのように決着をつけようとしております」
「……」

分かってはいたことだった。
容疑者であるシュラウドを取り逃がしたうえ、姿を眩ませた自分を貴族院が犯人に仕立て上げるのに、そう時間は掛からなかったはずだ。
同族殺しは魔界で最も罪が重い。
矢面に立たされている妹や部下のことを思うと、目頭が熱くなった。

「一人、連れて帰りたい者が居るのだ。私はどうなっても構わない。だから、共に扉を潜らせてはくれないだろうか」
「分かりました。それでは、準備が出来ましたらお呼びいたします」
「ああ、助かる」

再びローブを被ってチヨの元に戻ろうとしたベヒモスをベルゼブブは呼び止めた。

この辺りは聖騎士が多い。お気を付けください」

妖しく笑った彼のその表情に、ベヒモスの背中を冷たい汗が伝う。

「チヨ……!」

チヨと別れた脇道まで戻るも、そこにチヨの姿は無い。

「貴様……ッ!!」
「奥方とご息女は、ご無事ですよ。まだ、ね?」
「――ベルゼブブ!!」
「貴方に全てを語られると面倒なのです。二人を殺されたくなければ、大人しく罪を被ってください」
「このっ!!」

ベヒモスの周りを黒炎が舞う。
ベルゼブブは、そんな彼の様子を見て嘲笑した。

「おや、よろしいのですか? こんな魔力が溜まった場所でその技をお使いになって」
「何?」
「奥方がどこに居るとも知れないのに。巻き込むとは思わないのですか?」

ベルゼブブの銀色の睫毛が風に揺れる。
妖しく光った蒼い目がベヒモスを射抜いた。

「さあ、閣下。大人しく扉を潜ってくださいますね?」
「っ!!」

いつの間に現れたのか、魔界へ繋がる黒塗りの扉が大きく口を開けて鎮座している。
生温い魔界の風がベヒモスの頬を撫でた。
あんなに焦がれた故郷の風だというのに、微塵も嬉しく感じないのはここにチヨが居ないから。

「すまない、チヨ。許してくれ」

まだ、名前の無い我が子よ。
共に歩めない父をどうか許してほしい。
そして、君の母を父の代わりに守ってやってくれ。

黄昏色のベヒモスの眼から雫が流れ落ちる。
小さな小さな彼の悲鳴は、暮れの空に飲み込まれていく。
いつか二人で見た夕闇が脳裏を刺激した。

「チヨ!!! いつか必ず、迎えに行く!! だから、待っていてくれ!!」

暴牛の叫び声が空を劈いた。

「……ええ、ええ! 待っていますとも。貴方が迎えに来てくれる、その日まで。私はこの子を立派に育てて、待っていましょう」
「うー」
「待っているわ、ベヒモス」

娘の浅葱色の美しい髪を撫でて、チヨは笑った。
その周りには屍と化した聖騎士の残骸が転がっている。

「参りましょう、聖子。大聖人がお待ちです」

白薔薇を刻んだ剣を携えた少年を、チヨは鋭い目で睨んだ。

「黙りなさい。この子に汚らわしい声を聞かせないで」

流星を閉じ込めた瞳が少年を突き刺す。
カラカラと笑う少年の声が、白く染まり始めた空に響き渡った。