黄昏に勇者は笑う

碧の黄昏

「良いか、お前たち。直にこの境界は崩れる。そうなる前に、最後の門を使って外に出ろ」母から告げられた言葉に、少年と少女は愕然とした。大剣が鈍い音を立てて、不気味な様相の獣を弾き飛ばす。母の管理する門の魔力を狙い、この獣が現れるようになったのは…

檸檬に口付けて

「マモン師匠(せんせい)!」少し掠れた低いアルトが自分を呼ぶ声に、マモンは顔を上げて辺りを見渡した。けれど、見えたものは中庭と吹き抜けになった外廊下の天井くらいで、声の主の居所が分からない。「ここですよ! ここ!」ばあ、と両親に似た軽やかな…

6話『僕の剣《さよなら》、俺の魔王《またね》』

魔王城のテラスから見下ろす中庭はナギのお気に入りだった。月明かりがネモフィラの花を優しく照らす光景をうっとりと見つめていると、すぐ後ろで何かの気配がナギを揺さぶった。「……さらばだ、って言ってなかったか、アンタ」「ああ。そのつもりだったのだ…

5話『紅に燃ゆる』

ともすれば、目が灼けてしまうのではないかと思うほどに眩い光を放つ、あの金色が好きだった。届きそうで届かない。胸に湧き上がったその想いが叶わないことをアスモデウスは知っていた。偉大なる我らが長兄――ルーシェル。兄に抱く想いにしては随分と重く、…

4話『生贄 -後編-』

「帰ろう、ヴォルグ。お前の城へ」「ああ」一歩、また一歩と、混戦が続く戦場に向かって、二人は手を繋いで歩き始める。マモンの姿が目に入り、そちらへ声を掛けようとしたヴォルグとナギの足元に、影が落ちた。「何だ!?」「下がれ、ナギ!」ドンッと鈍い音…

3話『生贄 -前編-』

身体が重い。何も見えない。ここは、どこだったか。うすぼんやりとした視界の向こうで、誰かがこそこそと話をしている声が風に乗って流れてくる。「……は、新月だ。……をきっと……し……に……ぞ」「分かっております。……は必ず……俺が……」新月。ああ…

2話『若狼は夜明けに吠える』

明朝。まだ、霧けぶる朝日の下に魔王は仁王立ちしていた。「おい、まだ早いって言ってんだろ。日も昇りきってないうちに何格好つけて立ってんだ。見てるこっちが寒いっての!」ぼふっと音を立ててヴォルグの顔に着弾したのは、ナギが部屋の中から投げて寄越し…

1話『千夜に願う』

ベヒモスが目を覚ますと、そこには片眉を上げたアスモデウスが居た。左腕が鉛のように重い。ちら、と視線を向ければ、そこには目元を赤く染めたナギが規則正しい寝息を立てていた。「まったく……。もう少しで我が子を殺すところだったのですよ」「も、申し訳…

青い閃光 後編

二日の猶予を与えると言ったにも関わらず、グレースを苦しめた元凶を目の当たりにして我慢ができるはずもない。ましてやヴォルグの寵愛を受けたなどと、見え透いた嘘を平気で並べ立てる姿に、怒りで頭が真っ白になってしまった。「それで、ご機嫌斜めなんだね…

青い閃光 前編

鈍く光る左手に、ナギはスッと目を細めた。大聖女マリアとの永きに渡る戦いの代償として失ったそこには、レヴィアタンが研磨し、ヴォルグが魔力を込めた海竜の牙が新たな腕として収まっている。「……慣れねえな」自身の肌との境目を隠すために、肩までの長い…

7話『受け継ぐ者』

長い、夢を見ていたようだ。黄昏に染まった波が、きらきらと光って眩しい。ネモフィラの絨毯から、ゆっくりと身体を起こすと鈍い痛みがベヒモスの後頭部を襲った。『夢じゃない』か細い声が風に乗って、ベヒモスの鼓膜を震わせる。「え?」『貴方が見ていたの…

6話『新月に濡れる』

新月の日。魔界への扉が開くことはなかった。次の新月も、そのまた次の新月も同様に扉が現れることはなく、ベヒモスはチヨの塔に身を寄せる他なかった。魔王軍が来なくなって二年。魔族の侵攻がなくなったことで、チヨの元にも連絡係の騎士たちが来なくなって…