エピローグ 春爛漫と
かくして、校長一味の死で幕を閉じることになった現代の孤立した楽園『私立カモミール学園』は三年にも続いた圧政から解放された。
旭日と柚月の実家である白露会が手を結び、秘密裏に旧校舎ならびに現校舎の清掃作業を終えたお陰で、学生たちが突如として消えた校長について疑問を持つ間もなく、旭日の息が掛かった団体から新しい校長が派遣された。
そして、数週間ほど早い春休みが宣言されたのである。
「終わりましたね」
桜の蕾がぽつぽつと色付き始めた寮の中庭で、桔梗が呟いた。
かつては固く門が閉ざされていた共用の中庭は今やたくさんの寮生で溢れていた。
「ああ」
シアンが頷きを返す。
「終わってみると、随分あっけなかったですねぇ」
夜雨がぐいーっと猫のように伸びをしながら、空を見上げた。
「この一年があっという間やった気がします……」
柚月がふぅ、と溜め息を吐き出したのに、一同は「それは本当にそう」と苦笑交じりに同意した。
「それにしても、あの二人が居ないと静かで不気味だな」
「まあ、理世先輩は居ても不気味なことに変わりはないんですけど」
「お前それ理世に聞かれたら半殺しにされるぞ」
「……何卒、ご内密に願います」
両手をすり合わせてシアンを拝む夜雨の姿に桔梗がぷっと噴き出す。
理世と紗七はこの春休みを利用して実家へと帰省していた。
校長とその兄の首を引っ提げ、堂々と凱旋した訳である。
「紗七が十七になった途端、結婚するとか言い出しそうだな」
シアンがどこか遠い目をして放った一言に、全員が神妙な面持ちになる。
「ご祝儀っていくらくらい包めば良いんやろ」
「待て待て待て。何さも、もうすぐ披露宴ですみたいな雰囲気出してんだ。まだ十六だろ、お前ら」
ぼーっと上の空になり始めた柚月の身体を揺すぶりながら夜雨が彼女を夢の国から現実の国へと連れ戻そうと躍起になる。
「――あれ? 何してるの?」
今まさに噂をしていた張本人たちが不思議そうな顔を並べて渡り廊下から中庭を見下ろしていた。
「お、おかえりなさーい」
冷や汗を流しながら、夜雨が渇いた笑みを浮かべる。
「久しぶりのご実家、どうでした?」
それをフォローせんと桔梗が話題を振れば、理世は今まで見たこともないくらい上機嫌な表情で笑ってみせた。
「うん。楽しかったよ」
隣に立っている紗七の表情を一斉に窺う。
珍しく青褪めた彼女に、一同は何があったかは聞くまいと固く胸に誓った。
「お土産もあるんだ。良かったら、部室に行こう」
がさ、と大きな音を立てた紙袋からは赤い何かが滴り落ちている。
「……わ、わーい、何だろう。ぶどうジュースとかですか?」
桔梗が強張りながら言えば、理世が目尻を和らげた。
「まあ、似たようなものかな」
――絶対違う。
このとき、一同の心は再び一つになった。
そして、僅か数分後に披露された理世のお土産に女性陣は絶叫、男性陣は物言わぬ石像となってしまったことをここに記しておく。