龍の華

太陽と月に抱かれて

世界樹での激闘から二年。その日、旭日は珍しく機嫌が良かった。今ではすっかり宿主として定着した桔梗とも、比較的穏やかな日々を過ごせている。それこそ、魔力も回復し、気ままに飛び交う旭日を咎めることもなくなるほど、互いに心を許していた。「あ! 旭…

龍に愛された少女 後編

――随分と懐かしいものを見た。桔梗は重い瞼を擦りながら、ふあ、と欠伸を噛み殺した。身体を起こした先、窓の向こうに広がる景色に、人知れず口元が綻ぶ。「……また、ここに戻ってこられるなんて」夢にも思わなかった。呟きは誰にも聞き咎められないまま、…

龍に愛された少女 前編

「藤月(とうげつ)」澄んだ声に名前を呼ばれて、藤月は後方へと視線を遣った。普段は滅多に霊王宮から下りてこない叔母――葵乃宮(あおいのみや)が沈鬱な表情で己をじっと見ている。「……霙(みぞれ)殿に赤子(やや)が宿ったそうですね」「ええ。侍医の…

三日月に蛇は微笑んだ

「それで? 私は一体どこに連れて行かれるのかしら?」起き抜けに馬車へ放り込まれたかと思うと見知った顔が眼前に二つ。アメリアは、はあと不快感と気怠さを身体から追いやるように深い溜め息を吐き出した。「すみません、アメリアさん。急を要する案件でし…

ネイヴェスのこどもたち

コンコン、と控えめなノック音が響く。ここが病院であることを踏まえてなのか「兄さん?」と告げられる声も、いつもより小さい。「起きているよ」扉から姿を見せたユタにホロは苦笑を零す。彼女の手には、魔力計測器や魔力安定剤など様々なもので溢れかえって…

第四章、終わりの始まり

一、 結論から述べると、メリッサ・ヴァルツの館で不審な物は何も見つからなかった。否、見つけられなかったと言うのが正しい。 何せ、家の一階部分は完全に焼失しており、辛うじて残っていた二階にもほとんど物が無かったのである。「……これは、」 そし…

第三章、人と龍

一、 雫ノ宮様。 呼ばれた名前は確かに自分のものであったが、その名前を紡いだ声に雫は聞き覚えが無かった。 ちらり、と若干警戒心を抱きながら振り向いた先に居たのは、先日父の友人として紹介された恰幅の良い男性――アレン・ウェルテクス将軍だった。…

第二章、水面の騎士

一、 中央の国、帝都クラルテ。聖騎士団が居を構えるこの街の朝は早い。 日が昇るのと同時に聖騎士団の始業を合図する鐘の音が、世界樹の魔力で出来た街全体を覆う結界に反響して、住民たちを起きるように促しているからだ。「……ん」 リンゴーン、リンゴ…

第一章、訪れ

一、 吐く息は荒く、耳鳴りが頭痛を助長させる。 少女は低く唸り声を上げた。 自分の呼吸する音が、耳の裏で大きく響いている。それが堪らなく煩わしい。 耳障りな金属の擦れる音が後方から聞こえてくる度、少女の心はかき乱された。 低く荒い息遣いと複…

序章、白い丘 

――男は笑っていた。 降り積もる白い雪の中、小高い丘の上に影が一つ。 からから、と声高に笑う男の声が突風に煽られ、空に消える。 乱暴な吹雪が肌を撫でる度に、男の肌は赤みを増した。「……やっと、お前に会える」 男が喜びに震えた声で、ぽつりと零…