10話『うらなり』
桃麻の自宅がある最寄駅は、覚えていた。だが、そこから先は彼の背中を追いかけるのに必死で、あまり覚えていない。何せ『同級生男子の家に行く』という事態が初めてのことで、いっぱいいっぱいになっていたのだ。「あ、ゆうちゃんだ!」改札を抜けた先、高架…
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9話『ざんねつ』
かしわばらくん。掠れた声が、桃麻の名前を紡いだ。目元を真っ赤にして、頬を涙に濡らした侑里と目が合う。「…………藤田に、何した」「何も? これから楽しくなるところだったのに、意外と来るのが早かったな」男が軽薄そうな笑みを浮かべる。無骨な手は侑…
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8話『ろうろう』
始まりはきっと、普段の賑やかな姿からは想像もできないほど穏やかに笑う彼の横顔だった。友人や女子生徒と騒いでいるときの彼とは似ても似つかないその表情に釘付けになった。(馬鹿みたい……)どうして好きになんかなってしまったのだろう。優しくて、真面…
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7話『くらくら』
「藤田」よく知っているはずの声で、慣れない呼ばれ方をされて、ぎくりと肩が跳ねた。なあ、と続けられた不機嫌を隠そうともしない声音に、振り返るのが益々億劫になる。「俺まで無視することないじゃん」「……」「陽菜も会いたがってたのにさあ~」「…………
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6話『なつまつり』
誰かを迎えに行くだけでこんなにドキドキしたのは、いつぶりだろう。逸る気持ちを押さえつけるように、陽菜の手をぎゅっと強く握った。「にい、痛いよぉ~」「あ、わ、わり、」「んも~! 気を付けてよね~!」「ぶふっ。今の母さんの真似かァ? すっげー似…
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5話『もしもし』
あれから一週間。世間一般ではお盆を迎え、夏祭りや花火大会で賑わっているところ、侑里はお通夜のような心境に浸っていた。実兄が面白おかしく囃し立ててくれたおかげで、隠していた――侑里としては上手く隠せているつもりだった――はずの恋心を本人の前で…
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4話『てづくり』
「ゆうちゃんだ~!」子ども特有の高い声に名前を呼ばれて、侑里はぎくりと肩を強張らせた。スーパーに子どもの知り合いは居ない。偶然にも自分と似た名前の人が居たのだろう、と結論づけてトマトに視線を戻した。「ゆうちゃん!!」ワンピースの裾を小さな手…
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3話『おみまい』
柏原くん。少し掠れたソプラノが耳朶を震わせる。夢現の眼を持ち上げれば、険しい顔の悠里がこちらを見下ろしていた。「こんなところで、寝ていたら危ないですよ」「んえ?」「細い路地とは言え、車も通るんですから」ああ、そうだった。痛む右肩に、桃麻はぎ…
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2話『よくばり』
「いーんちょ」桃麻は、怒られることを承知で、委員長――藤田侑里を呼び止めた。常ならば校門前で会うはずの彼女だったが、今朝は服装チェックの当番ではなかったらしい。振り返った視線がじろり、とこちらを射抜くのに、桃麻はだらしなく眦を和らげた。「何…
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1話『ごほうび』
――どうして、こうなった。 後頭部に冷えた黒板の硬さを感じる。 眼前に迫る同級生の顔に、侑里(ゆうり)ははくり、と息を吐き出すのがやっとだった。「……かしわばらくん」 やめて。 蚊の鳴くような頼りない声で呟かれた制止の言葉に、桃麻(とうま)…
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